伏見の集落の水田を潤す水です。つい最近までは飲料水でもありました。一年中枯れることなく、金剛山から流れでてきます。
ここの農業の生命線なわけです。みな必死になって守ってきました。
この水を見るたびに、棚田の将来を想います。棚田を今のまま維持し続けることに執着しがちな農村議論がよくみられますが、世の中の動きを読みながら変化してゆかなければ、結局は何も残せないのではないでしょうか。
残すところと、変えてゆくところ。思いきった改革が必要だと思います。
中山間の棚田の将来像を描くところから始めなければ。